宵の口の月は、見えていたけれど今は、雲に隠れて見えない。風が強く吹いているので雲を吹き飛ばしてくれるのかと期待していたけれど、なかなか。
こんな月夜には山田登世子先生を
想う。
2016年8月に急逝された登世子先生。
回想録を藤原書店の社長さんが提案され、夫の山田鋭夫さんが編集された『月の別れ 回想の山田登世子』。
41人の方々が登世子先生に寄せて執筆されていますが、そのうちの一人に加えていただいています。
光栄というより、切なく寂しい思いにいっぱいになります。
登世子先生は50代半ばから、月の囚われ人となられ、8月の白い月が目の高さに昇ると、いとしい人に添い寝するような幸福感に包まれた(月の別れp16)、とある。実は月の別れは、荷風の見た月のお話です。
登世子先生の晶子研究に見る、あのみだれ髪に描かれる晶子の女のエロスが、これほどまでに肉肉しくも高潔な艶に到達するのはなぜなんだろうと、ずっと感じていた。
登世子先生の赤裸々で躊躇いのない官能へのまっすぐな思いが、月を見るという悦楽に溺れることを知りました。
素敵な方でした。夜、よく電話で話してくださいました。
八代亜紀の舟唄の原詩は、フランスの有名な詩で、作詞家の阿久悠さんは素敵だねとか。
神様と政治の話をよくしてくださった。
先生のメルアドは、toyohimeでしたね。
未だに憧憬の念に尽きません。
私にとっての観月は、登世子先生との会話を思い出してパワーをいただく大切な時間です。
今夜の月❣️